阿修羅掲示板の投稿の中でこれはと思ったものを転載します。


by wayakucha

カテゴリ:ネット選挙( 3 )

ネット応援合戦に選管苦慮──大阪府知事選、動画投稿やSNS
http://www.nikkei.co.jp/kansai/news/news002119.html



2008/01/20配信
 27日投開票の大阪府知事選で、インターネットの動画投稿サイトやソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)などでの“応援合戦”が告示後も繰り広げられ、各陣営や選挙管理委員会などが対応に苦慮している。中には「公職選挙法に触れる恐れが強い」(大阪府警)ケースもあるが、明確な基準はなく、法整備が追いついていないのが現状だ。

 「なんやねん、これ」。ある候補の陣営幹部は動画投稿サイトを見て絶句した。街頭演説の際に動物の着ぐるみを着用した選挙スタッフが歌や踊りで場を盛り上げるパフォーマンスを行った映像とともに「府民を馬鹿にしている」とのメッセージが、その日のうちに公開されていたのだ。

 幹部は「候補者が中傷されたわけじゃない。選挙戦術への批判なら仕方ない」とあきらめ顔だが、府選管は映像の投稿について「公選法に違反する恐れがある」という。

 知事選の場合、公選法は告示後、推薦はがきと法定ビラ以外の選挙に関する文書の頒布を禁じている。このためネットで候補者の公約を公開したり、街頭演説の音声や映像を公開したりすることも禁止されているからだ。

 ただ、個人の感想を表明するのは問題ないとされており、ネットへの投稿が直ちに公選法違反となるわけではない。

 「子持ち世帯として頑張ってほしい」「知事にふさわしくない。落選させよう」。全国1000万人以上が登録する国内最大手SNS「ミクシィ」の交流ページでは10日の告示後も、特定の候補者について様々な意見が飛び交っている。

 誰でもネットを通じて記述内容の編集に参加できる百科事典「ウィキペディア」でも、特定の候補の過去の言動などに関する記述で、告示後も“書き換え合戦”が続く。この候補の陣営幹部は「一部に事実誤認もあるが、反論すると火に油を注ぐ。無視するしかない」と静観の構えだ。

 こうした動きに府選管は「違法性が強いものも見受けられるが、判断が難しい」と指摘。大阪府警の知事選挙違反取締本部は「公選法に抵触する可能性が高いものもあり、内容によっては取り締まる」と警鐘を鳴らす。

 ある候補者の陣営は支援者らに「知人に電子メールなどで投票を呼びかけないように」と念を押している。陣営は「支持組織固めが重要な段階だが、安易なネット利用は選挙違反となる恐れが高く、首を絞めかねない」と注意喚起に躍起だ。

 堀部政男・一橋大名誉教授(情報法)は「ネットは本来、候補者が政策を広く伝えるのに有効な手段。民主主義が活性化する」とする一方で、「現状では単なる中傷合戦に陥る危険性も高い。ネット時代に対応した法整備と、有権者の自覚向上が緊急課題だ」と話している。


ネット言論同志よ、共に闘おう!「 HPの選挙活用は正当」の法律論の詳細は既に紹介してますのでよろしく。
http://www.asyura2.com/08/senkyo46/msg/257.html
投稿者 ヒゲ-戸田 日時 2008 年 1 月 19 日 22:10:55: Nk87MbMkz45iQ

(回答先: 済みません。選挙期間中のインターネット活用は公職選挙法違反にはならない理由は? 投稿者 ワヤクチャ 日時 2008 年 1 月 19 日 21:54:04)


 ワヤクチャさんのHP選挙に関する感覚と意見に大賛同です。ネット言論の自由戦士に出会えて嬉しい思いです。
 なお、上の投稿で十分に紹介してありますが、再度紹介すると、

■「 HPの選挙活用は正当」の法律論の詳細は、http://www.hige-toda.com/_mado05/sigisen/sigisen07/sigisen2007.htm
  のページをじっくり読んで下さい。大変分かり易く載ってます。

★ネット選挙活動規制を今私達が突破する!「自由言論戦士」大特集
      http://www.hige-toda.com/_mado04/07saninsen/nettokatudou.htm
も必見です。

 「選挙期間中のインターネット活用は公職選挙法違反にはならない理由は?」、ここに全て書かれています。
特に諸野脇先生の文章をご覧下さい。
  なお、当方種々の活動のため、返信作成の時間が取れない事が多々ありますので、その点ご了承下さい。
 それでは。

 「自公橋下ボロ負け」させるためのネット選挙運動を残り期間で大爆発させましょう!
 (現在は、橋下出馬表明時の反発が下火になってしまっていて、これではいけない)


ホームページの公開は「文書図画」の「頒布」ではない ワヤクチャ 2008/1/19 23:34:48 (0)
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by wayakucha | 2008-01-20 18:06 | ネット選挙
http://www.irev.org/shakai/isenkyo1.htm

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● インターネット選挙になるべきだった選挙
         -- あなたも公職選挙法に「違反」してみませんか
                  諸野脇 正@インターネット哲学者
                  【e-Mail】 ts@irev.org
                  【Web Site】 http://www.irev.org/
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■ あなたはホームページを「頒布」したことがありますか
 
 今回の選挙は、日本における初めてのインターネット選挙になるべきだ
った。
 しかし、そうはならなかった。残念である。
 その大きな原因は「規制」の存在である。
 朝日新聞は言う。
 

 ホームページなら、アクセスしてもらえば、だれにでも見せることがで
きる。費用も格段に安い。有権者の反応を探れるのも利点だ。若者に接近
できるのも魅力だろう。
 本来ならこの総選挙こそ、インターネットの出番のはずだった。候補者
が公約を訴えるのにこれほど便利な手段はないからだ。
 ところが、前議員たちのホームページは公示後、いっせいに閉じられた
り内容が更新されなくなったりしている。公職選挙法で総選挙期間中の配
布が規制されている「文書図書」に当たる可能性があるとの理由による。
 それを逆手にとって、画面には何も表示せず、音声だけで主張を訴える
ホームページに切り替えた民主党の前議員もいる。〔『朝日新聞』200
0年6月21日〕
 

 
 「音声だけ」とは異常である。文章の方が、「主張」を理解するために
は適している。
 なぜ、こんな異常な状態になってしまったのか。
 公職選挙法を見てみよう。
 

 衆議院(比例代表選出)議員又は参議院(比例代表選出)議員の選挙以
外の選挙においては、選挙運動のために使用する文書図画は、次の各号に
規定する通常葉書並びに第1号及び第2号に規定するビラのほかは、頒布
することができない。〔第142条〕
 

 
 分かりにくい。分かりやすく言えば次のようになる。〈葉書・ビラなど
は、決められたものしか配ったらいけないよ。それ以外のものを配ったら、
法律違反になるよ。(比例代表は別だけどね。)〉
 公職選挙法で、葉書とビラの数などが決まってる。それら以外の「文書
図画」は、「頒布」できないのである。もし、政策を主張するホームペー
ジの公開が、「文書図画」の「頒布」ならば、公職選挙法違反である。逮
捕されるおそれがある。だから、上のような異常な状態になっているので
ある。
 しかし、政策を主張するホームページを公開することは、「文書図画」
を「頒布」することなのか。もしそうならば、次のような会話がされてい
ても不思議はない。
 

 「最近、ホームページを頒布したよ。」
 「へー、頒布したんだ。」
 「大人気で、たくさん頒布できたよ。」
 

 
 私は、このような会話は聞いたことがない。
 皆さんは、どうだろうか。やはり、このような会話は聞いたことがない
であろう。
 だとすれば、「頒布」ではない。
 
 
■ ホームページの公開は選挙事務所内の資料室の公開
 
 ホームページの公開と「文書図画」の「頒布」とは、どう違うのか。ビ
ラは読みたくなくても、新聞に折り込まれている。葉書も読みたくなくて
も、ポストに届いている。しかし、ホームページは、本人が望まなくては
見ることはない。ホームページを見た人は、アドレスを自分で打ち込んだ
のである。または、リンクを自分でクリックしたのである。ホームページ
は、自発的に行動しなくては見ることが出来ない。
 だから、「ホームページの頒布を受ける」という文言には、違和感があ
るのである。「頒布を受ける」のではなく、「ホームページにアクセスし
た」のである。「ホームページを見た」のである。
 次のような比喩が正しい。
 
 〈ホームページの公開は、選挙事務所内の資料室の公開である。〉
 
 選挙事務所内に資料室がある。さまざまな政策の資料がある。その資料室
は、一般に公開されている。そこに、自発的に閲覧希望者が来る。いろい
ろな資料を閲覧して、帰っていく。
 おこなわれているのは、〈資料室の公開〉である。「文書図画」の「頒
布」ではない。これは、公職選挙法に違反していない。
 だから、民主党の前議員は、異常なホームページを作る必要はなかった。
「音声だけ」にする必要はなかった。
 また、前議員達は、ホームページの更新を止める必要はなかった。まし
て、ホームページを閉鎖する必要はなかった。
 
 
■ 禁止されていない行為はしてもよい
 
 もう一度、公職選挙法をみていただこう。
 

 衆議院(比例代表選出)議員又は参議院(比例代表選出)議員の選挙以
外の選挙においては、選挙運動のために使用する文書図画は、次の各号に
規定する通常葉書並びに第1号及び第2号に規定するビラのほかは、頒布
することができない。〔第142条〕
 

 
 どう読んでも、これはホームページの利用を禁止している文言ではない。
ホームページについては規定が無いのである。この法律を作ったときに、
ホームページなど無かったのだから、規定がないのは当たり前である。
 それにもかかわらず、なぜ前議員は自己規制したのか。規定が無いこと
をするのが恐かったのであろう。それでつい自治省に問い合わせてしまう。
自治省は、問い合わされれば、規定を出来るだけ広く適用しようとする。
つまり、規制しようとする。「公職選挙法違反のおそれがある。」などと
言う。仕方なく、前議員は自己規制する。
 自治省に聞いてはいけなかったのである。
 禁止されていない行為はしてもよいのである。規定がない行為はしても
よいのである。規定がない場合は、自分の判断で正しい行為をすればよい
のである。
 規定がない行為は出来ないと考えていては、新しい事態に適応できなく
なる。社会の進歩が遅くなる。
 
 
■ 確信犯
 
 仮に、百歩ゆずって、ホームページの公開が公職選挙法違反だとしよう。
 しかし、もし、そのような法律があるとすれば、法律の方が悪い。
 選挙活動とは、インターネット上でするべきものだ。葉書・ビラ程度で
は、詳しい政策が分からない。紙幅の限界がある。しかし、ホームページ
では、そのような限界がない。何百ページでも詳しく書ける。必要ならば、
図表・画像・動画などを入れることも簡単である。
 朝日新聞も書いているように「候補者が公約を訴えるのにこれほど便利
な手段はない」のである。
 もし、その利用を禁止する法律があるならば、そのような法律は不当で
ある。
 不当な法律は守らないという立場もありうる。さらに、違反することで、
不当性を訴えるという立場がありうる。いわゆる確信犯である。
 読者は、ある人物を思い浮かべたのではないか。その想像は正しい。確
信犯とは、例えば川崎磯信氏のような人物である。
 

 「私は食管法違反のヤミ米業者。私を食管法違反のかどで告発せよ」―
―。富山県の不正規米販売業者、川崎磯信氏が昨年暮れ、霞が関の食糧庁
を訪れ、自らの告発を求めた。川崎氏にコメを納入していた正規業者が行
政処分に付される一方で、食糧庁は当の川崎氏自身の告発には慎重だ。都
道府県の認可を受けた業者以外はコメ流通に携わってはならない、とする
食管法の建前が大きな曲がり角を迎えている。
 川崎氏はもともと米作りをしていた農家。食糧庁の転作政策に当初から
批判的だった。転作を拒否したところ、農協がコメの買い入れを拒否、反
骨精神からヤミ米業者に転じたという。今回の異例の告発要求の狙いも
「出るところに出て食管法が現実のコメ流通といかにかけ離れているかを
白日の下にさらすことにある」という。〔『日経流通新聞』1992年4
月2日〕
 

 
 本人が、「食管法違反のかどで告発せよ」と要求しているのである。食
管法の非現実性を明らかにするためである。
 川崎氏は次のような幟を立てて、米を販売していた。
 

 私はヤミ米屋です
 

 
 ちなみに、起訴されたときのコメントは次の通りである。
 

 起訴されてこう言うのもおかしいが、やったという感じだ。
 

 
 あなたは、このような人物に「それは法律に違反しています。」と言う
気がするであろうか。とても言う気にはならないであろう。そのようなこ
とを言っても無駄である。自覚して法律に違反しているのである。確信犯
なのである。
 
 
■ 「悪法も法」か
 
 上のような主張に対しては、次のような批判がよくなされる。
 

 悪法も法である。法である以上、守るべきである。
 

 
 このような批判を、どう考えるか。
 現実においては、言葉は、誰かが誰かに向かって発するのである。言葉
だけが、真空に浮かんでいる訳ではない。
 普通の人が、川崎氏にそのように言ったとする。川崎氏は、何と反論す
るであろうか。次のように反論するであろう。
 

 私は、形骸化して人々に被害を与えている食糧管理法を変えようとして
いるのだ。あなたは、何をしたのか。何もしていない人間に、私の行動を
批判する資格があるか。
 食糧管理法が、形骸化したのは一年、二年のことではない。何年も形骸
化したままなのだ。しかし、改善されずに、今まで放置されてきたのだ。
もし、私のような行動をとらないとしたら、どのように食糧管理法を変え
るのか。代案を示して欲しい。
 

 
 この反論に応えるのは、誰にとっても難しいであろう。「悪法も法であ
る。」と言うことは簡単である。一般論だからである。しかし、川崎氏に
対して批判をするためには、具体的に食糧管理法に関わらなくてはならな
くなる。当事者として考えなくてはいけなくなる。
 現に、川崎氏の行動によって食糧管理法の運用が変わった。多くの人が
かなり自由に米を売れるようになった。消費者は、さまざまな種類の米を
買えるようになった。農家から直接買うことも出来るようなった。
 川崎氏の行動は社会をよくしているのである。
 「悪法も法」論者は、この現実をどう考えるのかを答える必要がある。
 
 
■ 公職選挙法に「違反」してみませんか
 
 公職選挙法についても川崎氏のような人物が必要かもしれない。確信犯
が必要かもしれない。
 来年の参議院選挙までに、何とかなるならばまだよい。しかし、このま
までは、何年もかかる可能性がある。インターネット選挙が、何年も実現
しない可能性がある。
 では、どうすればよいのか。次の選挙では、堂々とインターネットで選
挙活動をすればよい。
 先に述べたように、インターネット上での選挙活動は、公職選挙法違反
ではない。
 仮に公職選挙法違反だとしても、公職選挙法を改善するための「違反」
である。社会をよくするための「違反」である。
 あなたも公職選挙法に「違反」してみませんか。
 
                      〔2000年7月6日〕
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● インターネット選挙は公職選挙法違反か

● GLAYが選挙を変えるかもしれないという話

 
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by wayakucha | 2008-01-19 23:10 | ネット選挙
最新情報は ブログ「諸野脇 正の闘う哲学」 で

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● インターネット選挙は公職選挙法違反か
               --「馬」は「自動車」か

                  諸野脇 正@インターネット哲学者
                  【e-Mail】 ts@irev.org
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■ 朝日新聞の社説
 
 朝日新聞は社説において言う。
 

 日本のインターネット人口が5千万人に迫ろうというのに、いかにも時
代遅れの話だ。参院選候補者や政党のホームページが公示後、内容が更新
されなくなったり、候補者名が隠されたりしている。
 候補者が政見を訴える。経歴を紹介する。アクセスさえすれば、だれで
も見ることができるホームページは格好の道具だ。それなのに、なぜ利用
できないのか。
 総務省によると、パソコンや携帯電話のディスプレー上に表示されるも
のは、公職選挙法上の「文書図画」に当たる。選挙中は法定外のビラやチ
ラシが禁止されるのと同じように、インターネットによる運動は法律違反
になる、というのである。
 ・・・・〔略〕・・・・
 「文書図画」の制限規定はもともと、印刷媒体を対象につくられた。そ
れをインターネットにもあてはめようとするから無理が生じる。選挙運動
の規制のあり方が時代の流れに追いつかないのである。〔2001年7月
18日〕
 

 
 大筋で賛成である。「よくぞ言ってくれた。」という実感を持った。ホ
ームページの「内容が更新されなくなったり、候補者名が隠されたり」す
るのは異常である。「時代遅れ」である。インターネット上で選挙活動を
しないのは異常なのである。
 この文章では、朝日が論じていない論点を論ずる。次のような論点であ
る。
 ホームページの公開は、公職選挙法が禁止する「文書図画」の「頒布」
なのか。ビラやハガキの配布と同じなのか。総務省にそのような禁止をす
る権限があるのか。「馬」は「自動車」か。
 
 
■ ホームページの公開は「文書図画」の「頒布」ではない
 
 昨年の衆院選の後で、私は次のように書いた。
 

 ホームページの公開と「文書図画」の「頒布」とは、どう違うのか。ビ
ラは読みたくなくても、新聞に折り込まれている。葉書も読みたくなくて
も、ポストに届いている。しかし、ホームページは、本人が望まなくては
見ることはない。ホームページを見た人は、アドレスを自分で打ち込んだ
のである。または、リンクを自分でクリックしたのである。ホームページ
は、自発的に行動しなくては見ることが出来ない。
 だから、「ホームページの頒布を受ける」という文言には、違和感があ
るのである。「頒布を受ける」のではなく、「ホームページにアクセスし
た」のである。「ホームページを見た」のである。
 次のような比喩が正しい。
 
 〈ホームページの公開は、選挙事務所内の資料室の公開である。〉
 
 選挙事務所内に資料室ある。さまざまな政策の資料がある。その資料室
は、一般に公開されている。そこに、自発的に閲覧希望者が来る。いろい
ろな資料を閲覧して、帰っていく。
 おこなわれているのは、〈資料室の公開〉である。「文書図画」の「頒
布」ではない。これは、公職選挙法に違反していない。
 〔「インターネット選挙になるべきだった選挙」2000年7月6日〕
 

 
 ホームページの公開は「文書図画」の「頒布」ではない。ホームページ
の公開は、いわば選挙事務所内の資料室の公開である。これだけ違うもの
を同じとみなすのは無理である。日本語の解釈として無理である。
 つまり、総務省には「禁止」する法的な権限はない。権限もないのに、
無理強いをしているのである。
 
 
■ 「『馬』と書いてあるのは『自動車』のことなんだよ。」
 
 ホームページの公開を「文書図画」の「頒布」とみなすのは日本語の解
釈として無理がある。しかし、無理がある解釈を認める立場もある。
 例を挙げて説明しよう。
 仮に、馬に税金をかけている国があったとする。その国では、急に自動
車が普及した。そのため、馬を飼う人が急減した。大幅に税収が減ってし
まった。しかし、新しい法律を作るのは時間がかかる。
 そこで、「創造的」な解釈をするのである。
 

 「『馬』と書いてあるのは『自動車』のことなんだよ。」
 「はぁ?」
 

 
 日本語の解釈としては、相当の無理がある。
 突然、こう言われたら、多くの人が困惑するであろう。
 しかし、これは真面目な話である。現実に問題が発生しているのである。
解釈によって、問題を解決しようとしているのである。
 法律に「馬」と書いてあるのは、実は「自動車」だと解釈する。「馬」
と書いてあるのが「自動車」であるならば、税収不足の問題は解決するの
である。
 つまり、「馬」とは、〈ものを動かすために使うもの〉という意味であ
る。「馬」に課税する意図は、ものを動かす経済活動に課税することであ
る。「馬」が「自動車」に取って代わられた場合、当然「自動車」に課税
することになる。そのような経済活動に課税するのが意図だからである。
だから、「馬」と書いてある法律を「自動車」と解釈してもよい。
 このような立場に対しては賛否両論がある。しかし、ここではその問題
には深く立ち入らない。
 次のことを示せば、十分だからである。仮に、無理な解釈を認める立場
に立ったとしても、ホームページ公開禁止は正当化できない。
 以下、詳しく説明する。
 
 
■ 一定数以上の「文書図画」の「頒布」を禁止した意図
 
 公職選挙法で規定外の「文書図画」の「頒布」を禁止したのはなぜか。
「頒布」できる数を制限したのはなぜか。
 公平な選挙活動を望んだからであろう。数の制限がなければ、お金を持
っている者だけがたくさんのビラを「頒布」できる。これを不公平と考え
たのであろう。
 確かに、ビラをたくさん作るにはお金がかかる。たくさん作れば作るほ
ど、お金がかかる。
 しかし、ホームページの場合は、どうであろうか。アクセスが増えれば
増えるほど、お金がかかるのだろうか。大筋でそんなことはないであろう。
ホームページでは、お金を持っている人だけが有利になることはない。
 法律の「創造的」解釈を認める立場がある。「馬」を「自動車」と解釈
することを認める立場がある。
 しかし、その解釈には基準が必要である。その基準は法律の意図である。
先の例の場合、意図は〈ものを動かす経済活動に課税する〉であった。
 「文書図画」の「頒布」を禁止した意図は、〈公平な選挙の実現〉であ
ろう。
 この意図を基準に解釈すると、どうなるであろうか。ホームページの公
開は〈公平な選挙の実現〉の妨げにはならない。お金を持っている人だけ
が有利にはならない。つまり、ホームページの公開を「文書図画」の「頒
布」と解釈することは出来ない。
 
 
■ 自主独立の気概を持とう
 
 去年の選挙の後、私は次のように書いていた。
 

 来年の参議院選挙までに、何とかなるならばまだよい。しかし、このま
までは、何年もかかる可能性がある。インターネット選挙が、何年も実現
しない可能性がある。
 では、どうすればよいのか。次の選挙では、堂々とインターネットで選
挙活動をすればよい。〔2000年7月6日〕
 

 
 インターネット上での選挙活動は、公職選挙法違反ではない。
 それにも関わらず、インターネット選挙が実現していない。誠に残念で
ある。
 もちろん、公職選挙法を改正するのも、よいであろう。
 しかし、その前に、政治を志す者に望むことがある。それは、〈自分で
考えること〉である。何が正しくて、何が間違っているかは、総務省が決
めるのではない。自分が決めるのだ。事実に基づいて、自分が決めるのだ。
 政治家とは、新しいものを作っていく仕事であろう。新しい法律を作っ
ていく仕事であろう。言いかえれば、今までの法律・法律の解釈を疑うの
が政治家の仕事である。だから、他者の解釈を絶対視している訳にはいか
ない。
 総務省の禁止が正しいか。法律の解釈として正当か。総務省の解釈を絶
対視するのではなく、自分で考えるべきである。
 いわば、自主独立の気概が必要である。そのような気概なくして、政治
は成り立たないのだから。
 
                      〔2001年8月3日〕
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● インターネット選挙になるべきだった選挙

● GLAYが選挙を変えるかもしれないという話
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by wayakucha | 2008-01-19 23:01 | ネット選挙