阿修羅掲示板の投稿の中でこれはと思ったものを転載します。


by wayakucha

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テント生活6年、65歳男性脱出 人情あれば立ち直れる(中日新聞)
http://www.asyura2.com/07/social5/msg/511.html
投稿者 クマのプーさん 日時 2008 年 4 月 23 日 01:14:17: twUjz/PjYItws


http://www.chunichi.co.jp/article/feature/yui_no_kokoro/list/200804/CK2008042002005161.html

【結いの心】
テント生活6年、65歳男性脱出 人情あれば立ち直れる
2008年4月20日

路上生活者だったころに住んでいた場所で当時を思い出す男性=名古屋市内で


 「感想を述べる前に、少しだけ私事を申し述べておきます。私は1年すこし前までは、テント生活をしておりました(以下略)」

 取材班に届いた反響の中に、自身の路上生活体験を便せん4枚につづった手紙があった。6年に及ぶテント暮らしを「人間の生活ではない」と振り返り、支援者の手助けでアパートに入居できた喜びを切々と訴える内容。差出人の男性(65)に会いに行った。

 「あの2人がいなかったら、私はまだテントにおったやろう」

 昨春から住み始めた名古屋市内のアパートで、男性はしみじみと語った。

 大阪で運送関係で働き、50歳でタクシー運転手になった。だが、長年の運転業務で腰を痛め、仕事が激減。月給は7万円に減り、気力も無くし、気をまぎらわそうと始めたパチンコが、人生を狂わせた。消費者金融で最初に借りたのは10万円。完済する少し前に「次は50万円まで借りられますよ」と勧められて徐々に感覚がまひし、ずるずると借りた借金は10社で計500万円にまで膨らんだ。

 取り立て人が押しかけ、勤務先を退職。催促の電話が自宅で鳴り続けた。正看護師になった娘が「これできれいになるのなら」と50万円を融通し、妻が生命保険の解約金を手渡してくれた。オイオイ泣けたが、返済額には届かず、離婚届に判を押して家を出た。

 自転車で、若いころ過ごした名古屋市の白鳥公園にたどり着いた。所持金が尽き、ハトにまいてあったパンくずを拾って食べたとき、思った。「どん底まで落ちたなぁ」

 周りの路上生活者をまねて、空き缶を拾い始めた。缶を売って最初に手にした210円でパンを買い、むさぼるように食べた。

 堀川沿いに立てたテントでの生活が、6年目に入った一昨年の初夏。ある男性が訪ねてきた。

 「最近どうですか」。炊き出しグループ「ささしま共生会」(名古屋市)の林正史(49)だった。路上生活になった事情や、住所がなく年金を受給できないことを打ち明けた。

 紹介された支援団体「笹島診療所」(同)の藤井克彦(65)が、住所を得るために骨を折ってくれた。アパートは共生会が保証人になって、やっと入居できた。「畳の上に寝られるのは、何年ぶりか」。部屋で大の字になると涙があふれた。

 「自分の人生は自業自得。でも、路上生活をして人情のありがたみが分かった」

 年金と生活保護で暮らす今も時々、テント小屋があった場所を訪ねる。昔の仲間に「笹島診療所に行ってみんか」と話し掛ける。

 「結いの心」でもやいの理事長稲葉剛、事務局長湯浅誠が路上生活者の保証人になった経緯を読み、自分の人生と重なる思いがしてペンを取ったという手紙に、こうつづった。

 「稲葉さん、湯浅さんみたいな人がもっと増えれば、ホームレスの人が立ち直れる気がします」 =文中敬称略

 (取材班・島崎諭生)
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by wayakucha | 2008-04-27 23:08
【カツオ漁もインドネシア人が:日本の一次産業を問う】信州レタス、支える中国人615人【朝日】
http://www.asyura2.com/07/social5/msg/507.html
投稿者 一市民 日時 2008 年 4 月 20 日 13:00:39: ya1mGpcrMdyAE


http://www.asahi.com/national/update/0420/TKY200804190221.html
信州レタス、支える中国人615人――ルポ にっぽん
2008年04月20日02時09分


 高原レタス生産量日本一を誇る長野県川上村に、4月9日から3日続けてそんな一行が到着した。全員が中国東北部・吉林省の農民だ。今月下旬までに計615人。これから11月まで、人口4800人の村に仮住まいし、農業研修生として信州野菜を育てる。

 「お母さん、おはようございます」。到着の翌朝、レタス農家の女性(62)に、楊光さん(23)と王凰竜さん(21)があいさつした。覚えたての日本語だ。

 驚いたことに今年の2人はいきなり日本名を名乗った。「片岡と呼んでください」と楊さん。王さんも「私は佐藤です」。中国の送り出し機関が、日本人が呼びやすいよう今年から研修生一人ひとりに日本名をあてがったという。曲さんは谷口さんに、宋さんは新美さんになった。

 研修生は1農家2人まで。楊さんと王さんの住まいは改装したカラオケボックスだ。4畳半大にベッド二つと小机が並び、プレハブの台所兼食堂もある。「少し狭いけど、電化製品もひと通りそろっていて快適」と楊さん。

 2人とも実家はトウモロコシ農家で、年収は1万元(約15万円)ほど。地元当局の出稼ぎ奨励広告を見て、7カ月働くだけで年収の4倍と知り、長野行きを決めた。

 語学や生活習慣の研修後、畑に出る。春はレタスの苗を植え、夏の間は収穫に追われる。秋はハクサイだ。

 研修生に支払われる手当は月々8万5千円。時給換算すると約530円。長野県の最低賃金669円以下だが、7カ月で帰国する彼ら研修生には最低賃金法は適用されず、合法的な額だ。ほかに受け入れ農家は、研修生の渡航費や光熱費、米代も負担する。

 20年ほど前まで、農繁期の川上村には若い日本人があふれた。日当6500円に残業代を含め1万円、3食付きで宿泊代もタダ――。そんな募集広告を「フロムA」など求人誌に載せれば、大学生や高校生が押しかけた。

 それが十数年前から、働き手不足に陥った。農家の伊藤嘉武さん(63)は「求人を出しても日本人が集まらねえ。来ても3日ともたずに逃げ出すようになった」と嘆く。腰をかがめての植え付け、未明から始まる収穫、重い箱の運搬。実入りはよくても、きつい仕事が嫌われるようになった。

 日本人アルバイトが減って、まず村に現れたのはイラン人やインドネシア人たち。レタスの収穫作業が始まる午前2時ごろ、農家に姿を見せては「シゴト、手伝います」と懇願して回った。

 だが就労資格が不安定だった。昨年と一昨年でインドネシア人やスリランカ人ら計約30人が東京入国管理局と長野県警に拘束された。ビザが切れていた。

 中国人受け入れは4年前から。最初は48人で、順調に増えたが、一昨年、研修生の深夜労働は法令に触れると入管から指摘された。農家は頭を抱えた。収穫期には未明から働かせて残業代を支払っていたからだ。「300時間まで残業をさせてあげてと最初の説明会で言われた。忙しい時に使えて、研修生も残業代に大喜びだったのに」。計15万円の残業代を支払ってきた農家の女性(59)は残念がる。

 地元JAなどが相次いで受け入れ資格を停止された。代わって、研修生を受け入れるため、約200戸の農家が村農林業振興事業協同組合を設立した。「中国人研修生はもはや欠かせない労働力。お金は多めに払ってでも日本人を雇いたいが、日本人はもう来てくれない」と組合の佐原吉平理事長(64)は話す。

 食料の自給率が39%まで落ちた日本。中国製食品への不信が広がる一方、日本の自給の現場はいまや中国人頼みになりつつある。外国人に依存する「農」や「漁」の現場を訪ねた。

 ■カツオ漁にインドネシア人

 宮崎県南郷町の目井津(めいつ)漁港を訪ねた。長野県川上村がレタス日本一なら、近海カツオ一本釣り漁では、南郷町が漁獲日本一と聞いたからだ。

 カツオの水揚げ作業に立ち合った。ここでは若い日本人の不足を補うように、インドネシア人たちが働いていた。

 4月7日午前2時半、5日間のカツオ漁を終えた第28一丸が戻ってきた。乗組員20人のうち6人がインドネシアからの研修生と実習生だ。

 6人は交代で深さ2メートルの魚槽に足から入り、1匹3~15キロのカツオをしゃがんでは甲板上に持ち上げる。つらい作業が釣果6トンをすべて水揚げするまで2時間以上続いた。

 「キツイ仕事、私たちが交代でやる。日本人やらない。でも船の日本人、みんな先輩だから仕方ないよ」。3年目の実習生(22)はそう話す。エサとなるイワシの片付け、カツオの血の散った甲板の清掃、食事後の食器洗いが仕事だという。

 毎朝日の出の15分前には起床する。カツオの群れと遭遇すると、全員が甲板に出てサオを垂らすが、1年目はエサ運びだ。釣りに加われるのは2年目からだ。

 南郷町は93年、漁業分野でいち早く外国人研修生の受け入れを始めた。漁師のなり手が激減したからだ。80年に2874人いた漁師はいま4分の1に。漁師の平均年齢は55歳まで上がった。

 当初の2年はフィリピンから受け入れた。しかし、失跡事件が続き、漁協も役場も懲りた。以後はインドネシアの水産高校の卒業生に絞った。みんな20歳前後で、いま町内に161人もいる。

 水産高校で航海は経験ずみのはずだが、1年生は最初の2、3航海の間、きまって船酔いで七転八倒する。穏やかなインドネシアの海と違って日本近海は波が荒い。

 スミントさん(21)は「ミント」、コシムさん(21)は「シム」と名乗った。来日前から日本人が呼びやすいあだ名が付いている。2人の実家は米農家で月収は1万2千円ほど。手当は1年目が月4万円。2年目が7万円、3年目が8万円だ。2人は半年ごとに10万円ほど送金する。コシムさんは「国に帰っても漁業の勉強を続けたい」と話した。農業より漁業の方が稼げるそうだ。

 出港の前日、6人が共同生活する部屋を訪ねた。最新の携帯ゲーム機とポータブルDVDプレーヤーが新鮮だった。カツオ漁では1年の大半を洋上で過ごす。ゲームと映画や日本のドラマを見るのが船上での楽しみだという。

 3年目の実習生のジュナエリさん(22)の呼び名はジュナだ。「日本の船のGPS(全地球測位システム)やエンジンの技術はすごい。もっとお金もほしいし、船のハイテク機器のことも吸収したい」。漁の途中、富士山は見たが、東京や大阪にも行ってみたいと話す。

 いま、燃油の高騰が漁村を直撃している。1リットル30円台だった重油がここ4年で80円台に突入。カツオの北上に応じて北へ移動するカツオ船は年に重油約1千キロリットルを消費し、コストは約5千万円も上がった。なのにカツオ単価は横ばいで、漁船側にしわ寄せが来る。

 ある船主によると、大半のカツオ漁船の乗組員の給与は、利益を乗組員の数で割って決まる。インドネシア人は対象となる人数には入らず、その分、日本人の収入が確保できているという。彼らがいないと、燃料費がかさむ近海カツオ漁の経営はすでに立ち行かなくなりつつある。

 町職員時代、受け入れに奔走した阪元勝久南郷町長(65)は言う。「若い人がいなくなる中この制度には助けられた。雇用の問題は地方では切実。企業が来てくれないと、若い人の職はなく定住はしない。豊かな自然だけでは生きられないんですよ」

 日本一のレタスとカツオの生産現場を歩き、外国人に頼らざるを得ない現実を見た。農林水産省の掲げる7年後の食料自給率45%という数字がはるか遠くに思える。就農対策を担う同省経営局の田中誠二参事官は「外国人への依存が固定化すると、外交関係の悪化などで急に人手が確保できなくなった時に生産が立ち行かなくなる」と危機感を募らせる。

 国内の39歳以下の新規就農者数は年間約1万1千人。農業分野で急増する外国人研修生は06年で7496人。次代を担う就農人口で外国人に追い抜かれるのは、もう時間の問題だ。(歌野清一郎)
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by wayakucha | 2008-04-27 22:49
自民党王国・山口補選結果は、全ての年代で自公政権が支持されていない事を証明しました。
http://www.asyura2.com/08/lunchbreak10/msg/599.html
投稿者 小沢内閣待望論 日時 2008 年 4 月 27 日 21:19:21: 4sIKljvd9SgGs


336 :無党派さん:2008/04/27(日) 21:00:32 ID:wcGVj4r7
出口調査まとめ(得票率・政党別・年齢別)
http://sakuratan.ddo.jp/uploader/source/date79840.jpg
http://sakuratan.ddo.jp/uploader/source/date79841.jpg
http://sakuratan.ddo.jp/uploader/source/date79842.jpg
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by wayakucha | 2008-04-27 22:24
ネットで集結 500の意志  チベット支援、名古屋でデモ(中日新聞)
http://www.asyura2.com/07/ishihara11/msg/470.html
投稿者 そのまんま西 日時 2008 年 4 月 20 日 11:58:53: sypgvaaYz82Hc


ネットで集結 500の意志  チベット支援、名古屋でデモ(中日新聞)
2008年4月20日 朝刊

 チベット動乱を武力弾圧した中国政府に抗議するデモが19日、名古屋市中心部であった。政治活動にも市民運動にも縁のない人たちがインターネット上で発案。賛同した“ネット市民”ら約500人が繁華街を行進した。

 「チベットの現状はネットに流れる海外メディアの映像で知った。受け身ではいられなかった」と、チベットの平和を訴える手作りTシャツ姿の会社員伊藤尚子さん(35)=愛知県豊橋市。

 集まったのは、多くが東海地方の20-40代の会社員や学生、主婦ら。「チベットの虐殺や投獄のニュースはネットの動画サイトなどで見ている」という名古屋市千種区の女性会社員(31)も「一人では何もできないけど、皆と一緒なら」と、夫(33)と参加した。

 中区栄周辺を約1時間半行進。参加者それぞれが、ネット上で購入したり画像を印刷して作ったりしたチベットの雪山獅子旗やプラカードを掲げ「チベットに自由を」「弾圧をやめろ!」と訴えた。

 デモは、岐阜県の女性会社員(29)がネットの「掲示板」で呼び掛けた書き込みがきっかけ。参加者の大半はこのデモで初めて顔を合わせた。デモを知らせるホームページを自発的に制作した会社員の伊藤秀昭さん(29)=愛知県一宮市=は「見て来てくれたという人が結構いました」。

 黒の法衣姿で歩いた同県豊田市の曹洞宗円通院住職、高辻哲洋さん(43)が知ったのも会員制サイトの「ミクシィ」。「チベットで同じ仏教徒が死ぬ気で立ち上がっているのに黙っていられない。善光寺の聖火リレー辞退は英断だった」と語った。

 発起人の一人、同県岡崎市の林英樹さん(34)は「多くの人は弾圧の情報をネットで積極的に入手し、できることがあればやりたいと内心思っていた。既成の政治団体ではなく、素人がネット上で手作りしたから自発的に参加しやすかったと思う」と話した。


◆出発式辞退は「英断」 善光寺に電話続々

 長野市で26日に実施される北京五輪聖火リレーで、出発式の式典会場の辞退を表明した善光寺に19日、決断に賛同する電話が全国から相次いだ。

 寺事務局によると、若麻績(わかおみ)信昭寺務総長が市実行委員会に申し出た18日午後から電話が鳴り始めた。19日夕方までに200件以上にのぼり、9割以上が「英断だ」「苦しい選択だっただろうがよく頑張った」など支持する意見だった。

 「政治と聖火リレーは分けるべきだった」など、善光寺の判断に批判的な意見や抗議は、わずかだったという。


http://www.chunichi.co.jp/article/national/news/CK2008042002005020.html
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by wayakucha | 2008-04-27 22:16 | チベット
びっくり【アリ@freetibetさんの日記】・・前の日記の追記。僕はチベットを旅していました。とのこと。
http://www.asyura2.com/08/asia11/msg/202.html
投稿者 tk 日時 2008 年 4 月 27 日 21:50:56: fNs.vR2niMp1.

(回答先: 世界最低の国、日本【アリ@freetibetさんの日記】・・帰り道、僕らは泣いた。 投稿者 tk 日時 2008 年 4 月 27 日 21:20:09)


http://mixi.jp/view_diary.pl?id=788440554&owner_id=2071143

アリ@freetibetさんの日記
びっくり。 2008年04月27日16:09

・・

その嫌がらせメールではよくこんなことを聞かれます。
「おまえはどの団体に属してるんだ?」
「チベットのこと知らないのに勝手なこと言うな。」等々。

お答えします。
僕はチベットを旅していました。少なくとも日本に留学に来ている方よりはチベットを見てきたという点において、詳しいはずです。
弾圧としか表現できない事をいっぱい見ました。
よってFREE TIBETを叫んでいます。
どこの団体にも属していません。
長野に行った5人のうち4人は、チベットに行ったことがある旅仲間です。
盲目的に叫んでる訳ではありません。
隠し切れないですよ。弾圧の事実は。
黙っているわけにいかないので、個人的に仲間と待ち合わせして長野に行ったまでです。

・・

----

残念ながら標準的なネットウヨさんではなかったようです。

あの中には真面目な青年も混じっていた、ということですね。案外と捨てたものではない。
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by wayakucha | 2008-04-27 21:57 | チベット
聖火は権力の象徴である。byアドルフ・ヒトラー(プールサイドの人魚姫)
http://www.asyura2.com/08/asia11/msg/190.html
投稿者 gataro 日時 2008 年 4 月 26 日 21:54:02: KbIx4LOvH6Ccw

(回答先: 北京08:長野聖火コースで逮捕者・負傷者(伊コリエレ紙) 投稿者 kamenoko 日時 2008 年 4 月 26 日 20:58:31)


http://ameblo.jp/kanbe49/entry-10087937298.html から転載。

2008年04月13日(日) 15時31分43秒
kanbe49の投稿

聖火は権力の象徴である。byアドルフ・ヒトラー
テーマ:ニュース



1936年ドイツの首都ベルリンで行われたオリンピックで、初の聖火リレーが行われた。一人の独裁者の一声で世界中がベルリンを目指すこととなった。
私利私欲と権力の虜となった独裁者アドルフ・ヒトラー。彼にとってのオリンピックは自分の力を世界中に見せ付けるひとつの玩具に過ぎなかった。
そして現在、北京オリンピックとチベット問題を巡って世界が揺れ動いている。各国で聖火リレーの妨害が起こり、混乱の中ルートの変更を余儀なくされ、聖火は消えたも同然である。
果たして北京オリンピックの聖火台に火は灯るのだろうか。神々の棲むヒマラヤ山脈のチョモランマの頂きから、神の嘆きが聞こえて来ないか?
「わたしは人間を余りにも我侭に創り過ぎてしまったようだ」神々の奪い合いが世界中を不幸に陥れる。
そんな教えを神は人間に与えた覚えはない。
オリンピックは人間同士が神に捧げる平和の祭典であるにも関わらず、その目的と意味を履き違えた者が世界を混沌の渦の中に陥れる。
聖火リレーのランナー達はいまだヒトラーの亡霊から逃れることも出来ず、そのことすら気付かないでいる。
オリンピックに聖火リレーは本当に必要なのか。
わたしたちは見せ掛けのオリンピックに騙されてはならない。
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by wayakucha | 2008-04-27 21:51

日本は、こういう国です

日本は、こういう国です
http://www.asyura2.com/08/reki01/msg/268.html
投稿者 語巻き 日時 2008 年 4 月 10 日 15:18:10: FbKi3ZdqZar8U


明治維新後、これからどのような国づくりをしていったらよいのか、
という問題に関して実は明治維新を実行した人々はほとんどその問に応える能力を
持っておらず、具体的なプランを作ったのは実はイギリス人だったと思っています。

そして明治維新から日露戦争までの間に日本人が歩んだ道は
「日本人自らが選び取った道だ」と日本人自身に思わせておいて、
実はイギリス人が書いたシナリオいわば「日本間接支配30年計画書」
のようなものに沿ってレールを歩かされたものだったとも思っています。

一部の日本人の方には受け入れがたい事実かもしれませんが、
少なくともイギリス人の一定以上の知識階級の人間で知日派の人々にとっては、
いわば常識に属するものだと思います。

もちろん、イギリス人に何気なく上記の内容を「本当ですか?」と質問しても、
なかなか答えてくれないでしょう。
彼らは、日本人は誇り高い(別の言い方をすれば面子にこだわる)人間だと
知っていますので、あえてその面子に傷をつけて寝た子をおこすようなことは
なかなかしゃべってはくれないと思います。

ここであえてイギリス人の正直な回答を嫌味に表現すれば、
以下のような説明になろうかと思います。

「我々イギリス人は、極東の未開の種族である日本人に対し、
極めて少ないコストをかけるだけで、我々にとって実に有益な人工国家を
作り出すことに成功した、と評価できるであろう。

従来の支配者であった高級騎士階級を打倒すべく、地方の低級騎士階級のグループを我々のAgentとして育成し、既存支配体制を転覆させる革命に成功した。

その後、同国の民度に合わせる形で神格的な要素を強調した「天皇制」と
いうものの導入を我々はAgentに提案し、この制度は以外なほどスムーズに定着した。

その後、時をおかず朝鮮と台湾を彼らに与え、来るべき対ロシア戦に備えさせた。
このような30年にわたる各種の準備を経て行われた日露戦争は、
戦争期間中の我々の最大限の助力があったとはいえ、
日本人が他のアジア人とはいくぶん異なった資質を持ち合わせていたこと等の
事情もあり、我々の期待に良く応え、ロシアの極東での動きを首尾よく食い止めることに成功したのである。」

「但し、その後の日本は、我々大英帝国の極東における力が衰えたこともあって
「上手にコントロールする」ことが出来なかった。

それは、有望な未開の土人を見出し、育てる事には成功したものの、
思いもかけずに育ちすぎてしまった結果、我々の作った檻から出てしまった
フランケンシュタインのようなものにしてしまった。

その後我々は、日本に対する支配権をアメリカに譲ることとなったが、
現在までのところ、アメリカ人たちは、我々のアイデアであった「天皇制」を
うまく引き継ぎ、良く飼いならし、突然檻から逃げようとするようなことも
起こさせず、我々の日本人管理に関する過ちから多くのことを学び、
総じて上手に管理できていると評価しても良いと思う。

イギリス人支配階級たちがLondonのMayfairあたりの閉鎖的なClubで上記のような
会話を交わしていた(いる)であろうことは間違いのないところです。
ここでの問題は、上記内容が事実か、といった捉え方ではなく、
イギリス人自身が極東史を理解する際は、上記のような枠組みで理解することが
常識となっている、彼らの世界観からはそのように見えているということなのです。(そして世界の知識人たちの常識としても)

別に、上記のような考えを受け入れろ、といっているのではありません。
しかし「支配者は被支配者が、真実を受けれようとしない態度を喜ぶ。」
「真実は太陽のように被支配者の眼前にさんさんと輝いている。
しかしさんさんと輝いていればこそ、人々はその真実から目をそらせようとするものだ。」といった類の言葉の意味・有効性をイギリス人は確認してきたのだと思います。

「インディージョーンズ魔宮の伝説」という映画がありましたが、
イギリス人にとって日本の天皇制をあの映画にたとえると、
臣民が恐れおののいてひれ伏している偶像(シバ神?)が天皇にあたり、
そのシバ神と臣民の仲介としての神官役を担うのが、明治維新の元勲たち、
ということになるのです。

では、イギリス人たちはどこにいるの?ということになりますが、
彼らは、さらにその神官たちの後ろに隠れ、神官たちを操ることによって
臣民達が掘り出した宝物の上前をはねる役割を担っている、ということになります。

無礼な!と思われるかもしれませんが、近代イギリス人から日本をみたら
そう見えている、ということです。(何が正しいのか、という議論ではありません)
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by wayakucha | 2008-04-27 21:45
世界最低の国、日本【アリ@freetibetさんの日記】・・帰り道、僕らは泣いた。
http://www.asyura2.com/08/asia11/msg/200.html
投稿者 tk 日時 2008 年 4 月 27 日 21:20:09: fNs.vR2niMp1.


http://mixi.jp/view_diary.pl?id=787996903&owner_id=2071143&comment_count=115

世界最低の国、日本
2008年04月27日00:39

聖火リレー、行ってきました。
まず皆さんにお願い。
この日記を転載、リンクして頂いてかまいません。
動画3つまでしか載せれないため、
動画ありと書かれたものは僕のメインページの動画にあります。

4/26日を振り返ります。

早朝、善光寺へ向かった。
Mちん、Tさん、F君、Yちゃんと5人で。

町には何台もの大型バスが乗り入れ、中国人が降りてくる。
僕らがそれぞれ旗を作り、プラカードを作り、前日からカラオケボックスで寝ていたのに対し、
彼らは中国大使館から支給された巨大な旗と、チャーターバスで堂々登場した。

善光寺参拝が終わり、街中へ。
とりあえず聖火リレー出発地点へ向かった。
ここで日本とは思えない景色を目にした。

出発地点に、中国の旗を持った人は入場できるが、チベットの旗を持った人は入れない。
警察の言い分。
「危険だから」
じゃあ、何で中国人はいいんだ?
「......ご協力お願いします。」

は?
それやらせじゃん。
中国国旗しかない沿道って、警察が作ってるんじゃん。

その時の抗議の様子

この後TBSの取材が来た。
チベットサポーターの1人が、
「日中記者交換協定があるから映せないのか?」とアナウンサーに聞いた。
アナウンサーは「は?勝手に叫んでれば?」
と吐き捨てて消えた。

街中に行くとどこに行ってもFREETIBETと叫んでいる。
そこに中国人が押し寄せ、罵声を浴びせてくる。

交差点で中国人と僕らが入り乱れた。
突然Mちゃんが顔面を殴られた。
僕は殴った中国人のババアを捕まえて、目の前の警察に言った。
「こいつ殴ったぞ!!」
警察は何もしなかった。

ババアが俺の手を噛んだ。手から血が出た。
警察と目が合った。
警察は何もしなかった。

ババアが僕の顔面を殴ってきた。
周りのチベットーサポーターが、
「おい、警察、現行犯だろ、捕まえろよ!!!!」
と言ったのに、
警察は何もしなかった。

これが抗議活動中じゃなかったら、普通にブチ切れて乱闘になってる。
でも非暴力を貫く為、ひたすら耐えた。

Mちゃんが1日かけて一生懸命書いたプラカードを、
中国人が叩き落とした。
拾おうとするMちゃん。踏みつける中国人。
「おい、てめー何やってんだよ!」と制止に入った。
2mくらいの距離に警察がいたが、何もしなかった。

街中いたるところで抗議合戦。
救急車が来たり大騒ぎ。
僕らはひたすら抗議活動をした。
(動画あり)

雨が降ってきた。
それでも誰も抗議を辞めなかった。
中国人がかたまってる交差点を、
Tさんと旗を振りながら渡った。
沿道の中国人は蹴りを入れてくる。
とても沿道に入れず、車道を歩いていた。
警察が来て言った。
「早く沿道に入りなさい!!」
は?今入ったらボコられるじゃん。
なんで日本人の安全を守ってくれないの?
「じゃあ、あいつらに蹴りいれるの辞めさせろよ!!」と僕は叫んだ。
警察は「ご協力お願いします」と言った。

雨の中、聖火リレーのゴール地点へ向かった。
何故か中国人とチベットサポーターに分けられた。
警察は、「後で聖火の方に誘導するから。」と言った。
嘘だった。
ゴールの公園の外の何も無いスペースにチベットサポーターは閉じ込められた。
聖火なんか、どこにもなかった。
目の前には警察が何十人も取り囲んでいた。
こんな場所じゃ、声すら届かない。
数百人のチベットサポーターは、泣きながら警察に向かって叫ぶだけだった。
国境無き記者団もこちら側に来させられていた。
代表がマスコミのインタビューに答えていた。
(裏から撮影した動画あり)

聖火リレーがいつ終わったのかも分からないまま、
土砂降りの中僕らは叫び続けた。
この声を、伝えることすら出来ないのかと思ったら涙が溢れてきた。
MちゃんもF君も泣いていた。
こんなのってあんまりだ。
せめて伝えて欲しいだけなのに。
この叫びを聞いていたのは目の前に並んだ警察だけだった。

チベット人の代表が弾圧の現状を訴えた。
涙が止まらなかった。
内モンゴルの代表が弾圧の現状を訴えた。
涙がとまらなかった。

伝えたい。ただ伝えたいだけなのに、国家権力によって封殺された。
悔しい。悔しい。

日本は最低な国だ。
平和だ、人権だと騒ぐ割には、
中国の圧力に負けて平気でこういう事をする。
警察を使って。

帰りに携帯でニュースを見た。
「聖火リレーは無事終了。沿道は大歓迎ムード。」
「聖火リレーで日本人5人逮捕。中国人留学生に怪我。」

僕は愕然とした。
この国のマスコミは終わったと感じた。

あの怒号は、
僕らが受けた痛みは、
彼らの悲痛な叫びは、
どこに反映されたのだろう。

警察によって意図的に中国人のみの沿道を作り、
そこをマスコミは撮影し、
中国人の暴力を黙認して、日本人を逮捕する。
これが日本のやることか?
ここは本当に日本なのか?
中国の旗を持たないと歩けない沿道って何なんだ?

この国は最低な国です。
チベット人は泣きながらありがとうと言っていたけれど、
僕は彼らに謝りたかった。
初めて日本人であることを恥じた。

帰り道、僕らは泣いた。

これが真実です。
僕は日本政府は中国以下だと思った。
弾圧にNOを言えずに、言いなりになって彼らの叫びを封殺したこの国は、もう民主主義国家ではない。

4/26日長野。
そこには言論の自由はなかった。
歩行の自由すらなかった。
中国人を除いて。

追記:どなた様も、転載の許可必要ありません。
報告だけしていただけると、反応が見れて嬉しいのでお願いします。
動画が消えたりするるみたいですが、また報告していただけたら何度でも載せなおします。
マスコミの嘘つき。大嫌い。
FREE TIBET!!
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by wayakucha | 2008-04-27 21:26 | 北京五輪ボイコット
聖火リレー、ソウルも混乱 中国人の一部が騒動【東京新聞】
http://www.asyura2.com/08/asia11/msg/199.html
投稿者 ワヤクチャ 日時 2008 年 4 月 27 日 21:12:09: YdRawkln5F9XQ


聖火リレー、ソウルも混乱 中国人の一部が騒動【東京新聞】
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2008042701000502.html
2008年4月27日 20時35分

 オリンピック公園近くで、北朝鮮脱出住民や支援者が開いた集会に詰め寄り抗議する中国人ら=27日午後、ソウル(聯合=共同)


 【ソウル27日共同】韓国の首都ソウルで27日午後、北京五輪の聖火リレーが行われた。出発地点のオリンピック公園には留学生を中心とする中国人数千人が集結。スタート直後に1000人以上が、公園のそばで北朝鮮脱出住民(脱北者)や支援者が開いたリレーへの抗議集会に詰め寄り、金属製の棒やペットボトルなどを投げ付けた。取材中の報道陣に負傷者が出た。

 聯合ニュースによると、ソウル市庁前では「チベット・フリー(自由)」と英語で書かれたTシャツを着た米国人とカナダ人計5、6人が親中国団体メンバー約300人に取り囲まれて暴行を受け、打撲傷を負った。

 また、聖火ランナーの前に飛び出そうとした男性1人や、道路脇にシンナーをまいて火を付けようとした男性2人が拘束された。北朝鮮の人権問題に取り組む団体の関係者らとみられる。

 聖火リレーは71人のランナーが22キロのコースをつなぎ、ソウル市庁舎前でゴール。その直後、近くで中国人の若者ら数百人が、チベットの旗を掲げた男性を取り囲み、阻止しようとした機動隊と衝突した。
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by wayakucha | 2008-04-27 21:12
民主・平岡氏が当選、衆院山口2区補選【日経】
http://www.asyura2.com/08/senkyo49/msg/537.html
投稿者 ワヤクチャ 日時 2008 年 4 月 27 日 21:07:12: YdRawkln5F9XQ


民主・平岡氏が当選、衆院山口2区補選【日経】
http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20080427AT3S2700T27042008.html

 福田政権で初の国政選挙として注目を集めた衆院山口2区補欠選挙は27日に投開票され、民主公認で前衆院議員の平岡秀夫氏(54)=社民推薦=が自民公認の山本繁太郎氏(59)=公明推薦=を破り4度目の当選を果たした。民主党との一騎打ちに総力戦で臨んだ福田政権にとって打撃となり、一段の求心力低下は避けられない。民主党は早期の衆院解散・総選挙に向け対決姿勢を強めていく。

 投票率は午後7時半時点で55.57%と2005年の前回衆院選の同時点を6.42ポイント下回った。(20:52)
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by wayakucha | 2008-04-27 21:08